すべに色の手紙

彼女はいつものように、愛犬のチビスケ(パグのオス)を連れて散歩をしていた。
陽気の穏やかな春の日だった。
歩くうちに道がふたてに分かれているところにたどり着いた。
ふと地面に目をやる
と、うすべに色の封筒が落ちていた。そして驚いたことにはなんと
彼女の名前が書かれていたのである。
驚いた彼女(夏目ちひろ)はあたりを見回しながら、人のいないのをたしかめて
から封筒に手を伸ばした。
封筒の表には手書きで、「なつめちひろ」の名前。
差出人は「****」となっていた。
封筒とお揃いのうすべに色の便箋にはたった一行、
「グラウンド跡で待っています。」

 ちひろは訝しく思いながらも、好奇心に勝てずとりあえずそこへ行くことにした。
その場所は、今歩いてきた道を左に進んでいけばよかった。グラウンド跡をめ
ざしてチビスケと森の中の小道を歩いて行った。
グラウンドは使われなくなって久しいので、いつ来ても草が荒れて閑散としている。
それでいてまわりをぐるりと木に囲まれていて、開放感があって
ちひろはそんなこの場所がわりと気に入っていた。
そこでちひろは一人の男の姿をみつけた。
その人はたまにちひろが散歩の途中に見かける人だったので、少し安心した
のだった。挨拶くらいはかわしていたからだ。
ちひろを目にとめた彼は丁寧におじぎをした。つられてちひろもかえした。
やがてどちらともなく照れて笑い始めた。
彼は「そこのベンチに座りませんか?」と言った。

ちひろはこの人が****さんなのかしら・・・?と心の中で思いながら、
「ええ。」とうなずいた。そしてチビスケのハーネスをはずして
グラウンドで遊ばせることにした。
その彼は会社のものなのか、白い作業服を着ていた。
背は170cmぐらいでメガネをかけて、柔らかそうな髪をしていた。
目がとてもやさしげでそのため全体的に親しみやすそうな雰囲気を持っていた。
彼は言った。自分の名前が****だということ。
会社の休み時間をぬけて、よくこの場所にきていたこと。
そのうちちひろが犬の散歩にくるのを見かけるようになったこと。

少し話をするうちにちひろが気になり始めたこと。そして、最後にこういった。
「今日あなたに会えたのは運がよかった。」
 そこまでだまって彼の話に耳を傾けていたちひろは口をひらいた。「あなたが手紙
をくれたから来たんだけど・・・。ほら、これをみて。たしかにあなたの名前が書い
てあるわ。」 ちひろはポケットからさきほどのうすべに色の封筒を出した。
そして彼にさしだしたその瞬間、手紙はやわらかな春の風に飛ばされてしまった。
あとには桜の花びらが数枚ちひろの手の中に残っていた。

ぼう然としているちひろに向かって彼は突然「あっ!」と言った。
「あの桜の木じゃないかな?」
たしかにベンチからみて正面の奥の方に一本の桜の木があった。
うすべに色の花が遠目にもとてもきれいだった。
「桜の木の精のいたずらかしら?」 
ちひろがつぶやいた。彼はやさしくほほえんでこう言った。
「ずいぶん粋な恋のキューピッドだね。」
と。ふたりの頬はみごとにピンク色に染まっていた。

   


※詩の無断転載はおことわりします。